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大阪高等裁判所 昭和46年(ツ)23号 判決 1973年10月04日

上告人 大葭原栄

上告人 大葭原清之

右両名訴訟代理人弁護士 加藤正郎

朝山善成

被上告人 出井惣治郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人加藤正郎の上告理由第一点について。

原判決は、本件物件(宅地および建物)は昭和三七年七月二〇日当時建物を空家として評価すると四三九万五、〇〇〇円であり、本件和解当時の評価額も一、三〇〇万円ないし一、四〇〇万円である、債務額は九〇〇万円(上告人らは実質的債務額が六〇二万五、〇〇〇円であるというが、右は原審において主張していない。)であるとの事実を認定し、本件物件は債務額と比較し不相当に高額なものであるとはいえないから、本件和解の代物弁済予約には暴利行為性は認められないと判断した。右認定および判断は挙示の証拠により是認できなくはない。なお、当裁判所は、本件代物弁済予約を後記説示のとおり、一種の担保権であって、担保目的の実現に伴い適正妥当な清算がなさるべきものであると解するのであるから、仮りに、上告人ら主張のように三、四五〇万円をもって本件物件の和解当時の適正価額であるとしても、このことからただちに、右予約に暴利行為性を認めなければならないものであるとは考えない。被上告人が上告人側の無経験、窮迫に乗じ本件物件を提供させたとの事実は、原審の認定しないところであって、右は本件証拠関係に照らし首肯することができる。したがって、所論のように、前記代物弁済予約がそれ自体公序良俗に反し無効のものであるということはできない。この点について原判決には経験法則に違背した違法はない。

同第二点について。

原審のこの点に関する認定および判断は、その挙示する証拠に照らして是認することができる。上告人らの見解は当裁判所のとらないところである。原判決には経験法則に違背した違法はない。

同第三点について。

原審のこの点に関する認定は、その挙示する証拠により認められなくはない。原判決には経験法則に違背した違法はない。

上告代理人朝山善成の上告理由一ないし六について。

上告代理人朝山善成の上告理由書は、期間経過後に追加提出されたものであるが、職権をもって審案すべき、代物弁済予約の法令の解釈適用に関し述べたものであるから、この点につき判断する。

原審の確定した事実関係によれば、本件代物弁済予約は、ひつきょう被上告人の上告人らに対する債権を担保することを目的とするものにほかならないと解せられるところ、このように、債権担保のため債務者所有の不動産につき代物弁済予約を締結し、弁済期に弁済のないときは不動産を債務の弁済に代えて債権者の所有に帰せしめる旨の合意がある場合において、予約完結権を行使した債権者が右債務者に対しその不動産の引渡ないし明渡を請求するには、目的不動産の適正価額が債権額を超えるときはその差額を清算金として支払うことを要するのであって、同債務者が清算金の支払を受けるのと引換えに履行をする旨主張したときは、特段の事情ある場合を除き、右は同時履行の関係に立つものと解するを相当とする。

ところで、原審が、上告人らにおいて本件和解調書の条項にそう債務の弁済をしなかったので、被上告人が上告人清之に対し予約完結権を行使して本件物件の所有権を取得した。上告人らは被上告人に対し右条項に従い本件建物を明渡す義務がある。したがって、右明渡につき前記和解調書の執行力の排除を求める上告人らの本件請求は失当である。と認定、判断したことは判文上明らかである。前記特段の事情は原審の認定しないところである。

論旨は、上告人らの本件物件明渡義務が前記清算金の支払義務と同時履行の関係にあり、右は本件請求異議の訴の事由として主張することができる。原審がこの点に関する主張、立証につき配慮をしなかったのは、法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法をおかした。というにある。もっとも、担保提供者でない上告人栄の明渡義務が被上告人の右支払義務と同時履行の関係に立ついわれはないので、右上告人は除外し、上告人清之について考える。

同時履行の抗弁権が存することを、請求異議の訴の事由として主張することができると解するとしても、和解調書は債務名義の一つで、その内容に従い既判力、執行力を有するものであるから、請求異議の訴において和解調書に表示された請求権自体に関する実体上の変動を主張して、その債務名義の執行力を排除するためには、右のような抗弁権が存するということだけでは不十分であって、それを前提としてさらに執行力を排除するに足りるだけの理由(請求異議の訴の原因)が存在しなければならない。思うに、叙上説示で明らかなように、右同時履行の抗弁権の存在は、本件和解を私法上の側面から見た場合に、当該和解の解釈によって認められる事柄であるに過ぎないから、執行法上の形式的画一性の要請に想到するとき、一応私法上の請求権が観念的に形成され、その実在性が公証された債務名義につき、右のような解釈が存するからといって、そのことだけで執行力を排除することは許されないと考えられるからである。これを別の観点からいえば、裁判上の和解が私法行為と訴訟行為との双方の要素性質を有するので、前記解釈上の問題につき、私法上の和解が錯誤その他の理由で無効となり、また取消されたなど、私法行為の瑕疵(請求異議の訴の原因)があって、はじめて、これと不可分の関係にある訴訟行為が無効となり、したがって、和解調書の執行力が排除されるということになるからである。

ところで、本件起訴前の和解がなされたのは昭和四〇年五月一八日というのであって、当時は所論の最高裁の各判決がまだ言渡されていないことは勿論、その他代物弁済予約ないし売買予約形式の債権担保契約について、債権者の清算義務に関する最高裁の新しい裁判例の見ないときであることは、当裁判所に顕著であるから、当時当事者において、本件代物弁済予約の解釈として、被上告人に前記のような清算義務のあること、また右清算金支払義務と上告人清之の本件物件明渡義務とが同時履行の関係にあることを想到し得る余地は全くなく、また社会通念としても右のような解釈は一般に行なわれていなかったことを、認めるに十分である。

そうだとすると、本件和解調書に被上告人と上告人清之との法律関係につき、右同時履行の抗弁権に関し何らの表示もなかったとしても、右が本件私法上の和解における錯誤その他瑕疵ある行為により生じたものとは到底いうことができない。記録を精査するも、本件代物弁済予約の解釈に関し、請求異議の訴の原因となる事情は認められない。本件の場合は、仮りに上告人清之において清算金支払請求権を有するとしても、それは別途請求するほかないものと考える。

論旨は採用することができない。原判決には所論の違法はない。

そこで、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 岩本正彦 判事 石井玄 畑郁夫)

<以下省略>

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